【ひとり言】7月6日の夜。そして七夕の朝。

西日本豪雨災害から2年。

今日も雨が降り続いています。

あの日を身近な事として体験しているからこそ

九州の被害に心を痛めています。

私の知る限り、豪雨災害はその直後ではなく

時間の経過とともにその辛さが増していきます。

誤解を恐れずに言うと、災害直後は目の前のことがにわかに信じられず

ある意味ハイな状況で、目の前のことを客観視しながら対処する感じです。

ところが、2日、3日、1週間と経つにつれて

被害の程度、状況によって、各世帯ごとに復旧の度合いが全く異なってきます。

道路を挟んで右はなんともない。

左側は床上浸水で避難所生活。

そんなことがほんの数メートルで起きてしまいます。

2週間もすれば、かたや通勤や通学など普通の生活が始まり、

かたや避難所生活の上、我が家の復旧作業の毎日という

あまりに違った日常がほんのわずかな距離で営まれることになります。

被災された方も、運良く逃れた方も互いに気を使いながら過ごしていく

当然、互いに助け合いながら日々過ごしていくのですが、

やはりこの歴然とした差に、どこにも言いようのない気持ちの負担が増していきます。

時間の経過がこれほどにも残酷かと思えてきます。

ーー

水は高いところから低いところに流れます。

低いところに進路を妨げるものがあれば、それを破壊するか、避けてすすみます。

そしてまた低いとこをを探して流れていきます。

低いところに流れ着くと、溜まりとどまります。

2年前の災害を経験したことと、鳥の目になってみることで

豪雨の時の水はとこを流れようとするのか、少しだけ解るようになりました。

ーー

昨日の夕方になってやっと自分の置かれている状況に注意をはらいました。

地図を見て、航空写真を見て、2年前の爪痕を思いおこして

川のかたち、曲がり方、高いところ低いところ

壊れそうにない橋のあるところや、川底の浅いところ。

航空写真を川上から川下に向かって水になって下って

我が家にいる場合、いざという時どうすべきか真面目に考えました。

ーー

極端な言い方をすれば、災害は身近に起こらないとイメージできないものだと思います。

言い換えれば災害による「被害」がどんなものなのかイメージできない。

ビジュアルでの悲惨さは伝わっても、その被害が時間の経過と共にどうなるかまでは伝わらない。

実際は起こってみないとわからないんだろうと思います。

少なくとも私はそうでした。

ーー

2020年の7月6日も過ぎ、七夕の夜も警報の中夜がふけてきました。

日本のどこかで大量の雨が降っています。

この雨が更なる災害を招かないように祈るばかりです。

2年前の豪雨災害の朝、驚きと共に写真を撮影している私にもこの後の復旧の大変さは想像すらできていなかった。